1. ホーム
  2. 研究活動
  3. 過去の研究プロジェクト
  4. 学校のなかの「他者」:南アジアの教育における包摂と排除 (h22~h23)

学校のなかの「他者」:南アジアの教育における包摂と排除 (h22~h23)

過去の研究プロジェクト

学校のなかの「他者」:南アジアの教育における包摂と排除 (h22~h23)

個別共同研究ユニット
代表: 押川文子(京都大学地域研究統合情報センター・教授)
共同研究員: 伊藤高弘(広島大学大学院国際協力研究科・准教授)、伊藤優貴(早稲田大学大学院アジア太平洋研究科・学振特別研究員)、日下部達哉(広島大学教育開発国際協力研究センター・准教授)、黒崎卓(一橋大学経済研究所・教授)、佐々木宏(広島大学大学院総合科学研究科・准教授)、針塚瑞樹(筑紫女学園大学・非常勤講師)、南出和余(桃山学院大学国際教養学部・専任講師)、柳澤悠(東京大学東洋文化研究所・名誉教授)
期間: 平成22年4月~平成24年3月(2年間)
目的:  グローバル化の時代は、一つの社会の内部の排除、すなわち不平等と格差がもたらす包摂と排除の存在を顕在化させてきた。この排除の特色は、その要因と結果が、集団的アイデンティティによる社会の分断よりも個人や家族の能力、努力、資源の問題、すなわち能力主義の言説で語られ、労働市場や教育システムなどを通じて制度的に形成されていくところにある。
 本研究は、この制度を通じた包摂と排除の様相を南アジアの学校を事例に検証することを目的とする。南アジアの教育制度は、教授言語や教育水準等においてきわめて大きな格差をもつ学校を共存させ、包摂と排除の論理を内面化する装置となっている。同時に、学校教育との関わり方は、構造的な要因によってのみ決定されるわけではない。本研究では、学校を事例に当事者の視点も含めて包摂と排除を再考することを試みたい。
 本研究では、共同研究者が実施中の多様な学校調査や大規模調査の分析をもちより、①各種の学校の卒業生たちの進路とその後の社会経済的な状況を比較分析、②生徒や卒業生の認識における「学校教育」についての検討を行う。
研究実施状況: -平成22年度-
 科研基盤(B)「南アジアの教育発展と社会変容」(平成22~24、研究代表者:押川文子)と共催の形態で、研究会2回、国際ワークショップ1回を開催した。
 【研究会】平成22年5月7-8日 研究打ち合わせ
 報告 牛尾直行「インドにおける教育を受ける権利の現代的諸相と複線型システム
 報告 佐々木宏「インドにおける教育の不平等:UP州Varanasiの事例から」
【研究会】平成22年10月23-24日
 報告 小原(伊藤)優貴 「デリーの無認可学校」
 報告 Humanyun Kabir 「Religion and Educational Attainment in Bangladesh」
 報告 押川文子「『成長の時代』の教育格差:能力主義再考」
 報告 植村広美「中国農民工子女の教育:制度と実態の分析」
 報告 鳥居 高「クォータからマーケットへ:マレーシアの1990年代以降の高等教育政策の変容」
 報告 日下部達哉「バングラデシュ僻地農村の教育10年間の変遷」
【国際ワークショップ:】 平成23年2月5~6日
 趣旨説明 Fumiko Oshikawa
 報告 Nalini Juneja: “India’s Histric RTE 2009: the Articulation of a Vision”
 報告 Yuki Ohara-Ito: “The Challenge to Implement the RTE in Delhi”
 報告 Ahmed Manzoor: “Multiple Providers for Primary Education in Bangladesh”
 報告 Tatsuya Kusakabe: “Where is the Boundary of Equity and Iniquity in the Right of Education?”
 報告 Yoshinori Hirose: “System Universalization and System Secession of Right to Receive Education in Present Age Japan”
  また、平成22年7月、ドイツ・ボンにおいて開催されたヨーロッパ南アジア学会において、押川、小原(伊藤)、針塚の3名が報告した。
-平成23年度-
おもに教育制度やその改革に着目した平成22年度研究の成果を土台に、平成23年度は学歴形成と経済機会に焦点をあてて、学校教育を通じた包摂と排除の変化の諸相を検討した。
研究会・ワークショップは、いずれも科研基盤(B)「南アジアにおける教育発展と社会変容―『複線型教育システム』の可能性」(H22-24 研究代表者:押川文子)と連携して実施した。また、第1回研究会では、南アジアと同様に高等教育需要が急増している中国との比較を念頭にして中国の教育制度の専門家を講師として招聘し、第2回研究会(ワークショップ)では、NIHU「現代インド」広島大学拠点等と共催して開催することにより、経済学や地理学など関連する分野間の学際的な議論を試みた。
【第1回研究会】6月4日(土)~5日(日) 場所 地域研セミナー室
(*所属記載がない場合は本ユニットの研究分担者)
①針塚瑞樹:インド都市社会におけるストリートチルドレンの「自己決定」―子どもとNGOの関係性を中心に
②黒崎卓「教育と都市インフォーマル部門、農村都市間移動―デリーのサイクルリキシャ本調査結果から」
③南出和余「多元的中等教育状況―バングラデシュ都市と農村の女子中等教育」
④押川文子「『田舎のカレッジ』―農村部における高等教育の『効果』」
⑤南部広孝(京都大学大学院教育学研究科准教授)「中国高等教育の変容―大学入試改革を中心に」
上記の報告とともに、H24年度中に取りまとめ予定の成果刊行物についての議論を行った。
【第2回研究会(ワークショップ)】
タイトル:南アジアにおける学校教育と職業の接続―人々の教育への期待に経済発展は応え
ているか」
開催日:平成23年10月22日~23日
開催場所:広島大学東広島キャンパスB204大講義室
共催:科研基盤(B) 南アジアにおける教育発展と社会変容―『複線型教育システム』の可
能性」、NIHU「現代インド」広島大学拠点(HINDAS)、広島大学教育開発国際協
力センター
①村山真弓「教育と雇用のインターフェイス―デリー低所得地域の若者調査から」
②木曽順子(フェリス女学院大学教授)「インフォーマル・セクターにおける労働とモビリティ―アフマダバード調査報告を中心に」
③弘中和彦(九州大学名誉教授)「21世紀インドの教育改革における卓越性追求の構造的特質」
④宇佐美好文(東京大学文学研究科研究員)「NSS64字雇用失業調査にみる教育と就業」
⑤柳澤悠「南インド村落の30年―職業と教育の変化を中心に」
⑥日下部達哉「バングラデシュ農村における進路選択―近郊農村と僻地農村の比較」
⑦佐々木宏「北インド地方都市における高等教育修了者の就業」
⑧コメント 岡橋秀典(広島大学大学院文学研究科教授 NIHU「現代インド」広島大学拠点・拠点リーダー)
【第3回研究会】 1月21日(土)~22日(日) 場所 地域研究統合情報センター
<南アジアの教育制度を考える> ①押川文子:インド
②黒崎卓:パキスタン
③南出和余:バングラデシュ
<教育の「受け手」は、教育をどう解釈しているか?>
④町田陽子:ケーララのムスリム女性のライフヒストリーにみる教育
⑤牛尾信行:マイノリティ教育機関における留保について
また、ユニット内次世代研究者を中心に、最近の研究書のなかから教育を扱った著作を取り上げて検討する読書研究会を7月と10月に計2回実施した。内外の関連する研究書のリスト化作業等もユニットメンバーの若手研究者を中心に継続して実施している。
研究成果の概要: -平成22年度-
 本年度は、南アジアの教育について、①制度的側面、と②教育改革や教育理念の変化、に焦点をあてて、研究活動を行った。①制度的側面については、政府系学校と併存する形で形成されてきた私立学校(エリート校から低所得者層向けまで)、NGOや宗教団体による学校など多様なアクターによる学校が、補完関係を形成しながら大きな格差をもつ学校制度の実態を形成していることが度明らかになった。また教育改革や教育理念の変化については、インドの「無償義務教育に関する子どもの権利法(RTE)2009年」に典型的に示されるように、強い政府主導による「権利」としての教育の普及を目指す動きと、教育内容の柔軟性を確保しつつ学ぶ側(子ども、保護者、地域社会)の生活実態に即した学びの提供をめざす動きが拮抗している状況を明らかにした。また学校教育の普及にともなって能力主義も浸透しつうあり、大きな地域差をもちながらも、「能力」を理由とする格差の承認や排除の言説があらたな展開をみせていることも指摘された。
-平成23年度-
平成23年度の課題は、教育と雇用との関連にあった。主要なファインディングスは以下の通りである。( )内は主な担当者。
①学歴と雇用(非農業雇用)との関連をみるうえで、地域社会の非農業部門の発展のパターンが重要であることを確認した。例えば南部インド(タミルナード州など)のように、地元資本による非農業部門雇用機会が比較的順調に形成された地域では、中等教育修了程度の学歴が地方の雇用と直結して初等・中等段階の教育普及を促進する要因となったが、北部中部のいわゆる後進州では中等教育から地方レベルの高等教育(カレッジ程度)が地元での雇用に結合することが難しく、その結果、高等教育のみならず初等~中等教育段階の高い脱落率の残存を招いた。また、後進的地域と先進的地域の教育の「質」にも大きな格差が生じている(柳澤、押川)。
②教育、移動、雇用の関係をみると、先進的地域を中心とする高学歴層では学歴を介した移動(国内外)と安定的雇用が結合している面があるものの、インフォーマル部門雇用が大半を占めるインド労働市場では、中等程度の学歴者にとって移動による職業的モビリティ、とくにインフォーマル部門からフォーマル部門へのモビリティが小さいことが確認された。(黒崎、木曽)この点はNSSなど大型データでも確認されている。また、学歴を要件としない労働移動が大半を占めるバングラデシュ農村では、男子は雇用機会に応じて移動を開始するため、女子の方が就学年数が長くなる事例も認められるなど(南出)、低所得層や農村部での教育、移動、雇用の複雑な諸相が明らかにされた。
③上記①②のなかで、「質」の高い教育と学歴・資格を求める動きが中下層や低所得層にも拡大しており、低所得層への「私立(英語ミディアム)学校」の浸透(小原)、地方都市におけるローカルな「MBA」教育機関の増加(佐々木)、留保枠や「マイノリティ(宗教的少数者)教育機関」などを介した学歴形成(牛尾)など、多様な学校が出現し、学歴形成が図られている。またこうした状況を反映して、「無償義務教育に関する子どもの権利法(RTE 2009)」の制定(牛尾、押川)や認証評価制度の導入・高等教育の管理行政の改革(押川)など、政策や行政面での対応も加速している。国家が主導した国民教育型の教育システムから、国家、市場(私立教育機関、関連産業)、市民社会(教育NGO、法曹NGO、研究者等)が連携・依存して形成するシステムへ移行するなかで多種多様な学校が出現し、学校教育と学歴形成をめぐる「排除」のあり方を変質させている、というのが暫定的結論である。
公表実績:  -平成22年度-
『南アジア研究』No.23 (日本南アジア学会、平成23年3月刊行予定)に、南出、日下部、針塚、小原、押川が特集「教育の時代」を寄稿した(査読有り)。国際ワークショップの報告原稿は、平成23年8月頃を目途に、CIAS Discussion Papersの一冊として刊行を予定している。
-平成23年度-
ユニットとして、以下を出版した。
Kazuyo Minamide and Fumiko Oshikawa eds. Right to Education in South Asia: Its Implementation and New Approaches, CIAS Discussion Paper No.24, Center for Integrated Area Studies, Kyoto University, March 2012
その他、メンバーはそれぞれ論文を刊行している。
研究成果公表計画
今後の展開等:
-平成22年度-
 次年度は、今年度に引き続き科研基盤(B)「南アジアの教育発展と社会変容」と連携しつつ、①教育と雇用・所得との関連など、教育を通じた経済格差の動向 ②教育に関する当事者(子ども、保護者、地域社会)の視点の変化、に焦点をあてて、3回の研究会を行う。また収集してきた教育に関する基本的文献・統計資料等の整理をすすめる。また同科研によってインドおよびバングラデシュにおいて現地調査を実施し、その成果を本プロジェクトの議論に反映させる。
 ①については、10月中旬に研究会を開催し、学歴(就学年数、資格、出身学校)による雇用機会や所得について、具体的事例を蓄積する。
 ②については、6~7月に研究会を開催する。
-平成23年度-
本研究ユニットの研究成果は、連携している科研基盤(B)「南アジアにおける教育発展と社会変容」の研究成果と合わせて、平成24年度中にとりまとめ、平成25年度に学術書として刊行することを目指している。
また、平成24年度は、これまでの研究成果を基盤に、複合プロジェクト「新自由主義の浸透と社会への影響に関する地域間比較研究」の1研究ユニットとして「南アジアの教育における新自由主義-私事化・市場化・国際化の地域間比較に向けて」を組織して、国際比較の視点から学校教育の市場化やグローバル化に焦点をあてた研究を実施する予定である。