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公共領域としての地域研究の可能性(h20~h21)

過去の研究プロジェクト

公共領域としての地域研究の可能性(h20~h21)

個別共同研究ユニット
代表: 西尾寛治(防衛大学校人文社会科学群人間文化学科・教授)
共同研究員: 新井和広(慶應義塾大学商学部・専任講師)、井口由布(立命館アジア太平洋大学アジア太平洋学部・准教授)、川端隆史(外務省国際情報統括官組織第2国際情報官室・外務事務官)、桾沢英雄(上智大学外国語学部アジア文化研究室・非常勤講師)、見市建(岩手県立大学総合政策学部・講師)、西芳実(東京大学大学院総合文化研究科・助教)、伴美喜子(高知工科大学国際交流センター・教授)、山本博之(京都大学地域研究統合情報センター・准教授)
期間: 平成20年4月~平成22年3月
目的:  「福祉(公益)」が必要とされる社会状況を念頭におき,2つの方向で共同研究を展開する。
(1) 東南アジアのイスラーム圏の個別性の解明
「福祉(公益)」が必要な社会状況の指標として,「公正/正義」を意味するアラビア語起源のマレー語・インドネシア語のアディル(adil)に注目する。「公正/正義」は人類社会の普遍的概念だが,それはまさに社会的秩序の喪失状況において人々に強く意識されるものだからである。東南アジア海域世界,マレー世界とも言及される東南アジアのイスラーム圏では,近年,アディルを名称に冠した政党がマレーシアやインドネシアで結成され,その社会変革の主張が急速に支持を拡大している。そこで,このアディルという語に注目し,西アジアとの地域間比較をおこなう。また,東南アジアのイスラーム圏における「公正/正義」概念の歴史的展開について考察し,東南アジアのイスラーム圏の個別性や現代の国民国家における政治文化的差異の究明を試みる。
(2) 「多様な研究者」による協働の可能性を探る
様々な背景をもった人々(家庭人,企業退職者,外交や援助の実務家など)の参入により,研究者コミュニティはますます多様化しつつある。こうした現状をふまえ,そうした新たなタイプの研究者たちの対話を通して,彼らの知識や経験を学術研究の成果として結実させる方法論を検討する。
研究実施状況: -平成20年度-
 海域東南アジア世界における「福祉」を歴史的に捉えるため、「福祉」が必要とされる状況を指し示す概念として重要な「アディル」(公正/正義)概念について、歴史的・通地域的な比較研究を行った。第3回研究会は日本マレーシア研究会の社会連携ウィングとの共催で公開セミナーとして行った。「レフォルマシ」(改革)運動を基に国民公正党(現・人民公正党)が結成された1998年から10年を迎えたマレーシアを題材に、「レフォルマシ」運動の前後の時期に現地に滞在していたジャーナリストと地域研究者のそれぞれから話題提供を受けた。マレーシアの政治状況について理解を深めるとともに、業種による事象の切り取り方の違いなどについて議論を行った。
●第1回研究会(2008年5月3日、京都大学) 報告者:西尾寛治
●第2回研究会(2008年12月6日、獨協大学) 報告者:新井和広、西尾寛治、篠崎香織、見市建、討論者:弘末雅士(立教大学)、井口由布
●第3回研究会(2009年2月20日、東京大学) 報告者:三宅和久(共同通信社)、討論者:中村正志(アジア経済研究所)
-平成21年度-
 上記の研究目的を達成するため,以下のようにふたつのタイプの共同研究会を合計5回開催した。なお,*印は本プロジェクトの共同研究員以外の参加者を示す。
共同研究会(1)2009年4月24日(金)15:00-19:00,京都大学稲盛財団記念館(山本博之研究室)
司  会:西 芳実(東京大学)
趣旨説明:西尾寛治(防衛大学校)
報告1:*菅原由美(天理大学)「オランダ領東インドの抵抗運動における公正概念」
報告2:篠崎香織(北九州市立大学)「現代マレーシア政治におけるアディル概念」
コメント1:*弘末雅士(立教大学)
コメント2:*宮脇聡史(東京基督教大学)
共同研究会(2)2009年6月7日(日)9:30-16:25,京都大学稲盛財団記念館(3階大会議室)
[「東南アジア学会第81回研究大会,パネル1」と同時開催]
テーマ「マレー世界におけるアディル(公正/正義)概念の展開」
司  会:井口由布(立命館アジア太平洋大学)
趣旨説明:西尾寛治(防衛大学校)
報告1:西尾寛治(防衛大学校)「17‐19世紀のマレー諸国と”アディル”概念」
報告2:*菅原由美(天理大学)「オランダ領東インド・ジャワの抵抗運動におけるアディル」
報告3:篠崎香織(北九州市立大学)「マレーシアにおける「公正」をめぐる場とことば;政党政治の展開を中心に」
報告4:*岡本正明(京都大学)「インドネシア,4度目の「正義」の時代:イスラーム主義政党の均衡と現実主義の政治」
コメント1:*弘末雅士(立教大学)
コメント2:*宮脇聡史(東京基督教大学)
コメント3:西 芳実(東京大学)
共同研究会(3)2009年7月18日(土)14:00-17:45,立命館アジア太平洋大学(B棟3階)
[共催:立命館アジア太平洋大学東南アジア研究フォーラム,東南アジア学会九州地区例会,日本マレーシア研究会(JAMS)社会連携フォーラム]
テーマ「社会経験に根ざした研究を求めて:外交,教育,企業」
研究を求めて:外交,教育,企業」
司  会:篠崎香織(北九州市立大学)
報告1:川端隆史(外務省)「外交実務と学術研究の連続性と非連続性:マレーシア外交にみられる公正/正義概念の研究を事例として」
報告2:井口由布(立命館アジア太平洋大学)「多文化環境における教育と研究の実践報告」
報告3:*近藤まり(立命館アジア太平洋大学)「多文化環境における企業と経営学に関する研究と教育の実践報告」
コメント1:*笹川秀夫(立命館アジア太平洋大学)
コメント2:山本博之(京都大学)
共同研究会(4)2009年9月13日(日)15:00-17:30,東京大学駒場キャンパス18号館(4階コラボレーションルーム3)
報告:桾沢英雄(上智大学非常勤講師)「インドネシア建国論議における「福祉(利)」概念とその位置づけ」
共同研究会(5)2009年11月27日(金)16:00-18:00,東京大学駒場キャンパス18号館[4階コラボレーションルーム2]
[共催:日本マレーシア研究会(JAMS)社会連携フォーラム]
テーマ:「外交実務と地域研究の進展の可能性:発展的な協働関係を求めて」
司  会:西 芳実(東京大学)
趣旨説明:川端隆史(外務省)
報告1:篠崎香織(北九州市立大学)「外交実務の枠組み・地域研究の枠組み」
報告2:川端隆史(外務省)「外交実務における地域研究の応用:マレーシア地域研究の事例から」
コメント:山本博之(京都大学
研究成果の概要: -平成20年度-
 「アディル」概念の海域東南アジア世界における受容の諸相を把握し、考察を行った。
 中東地域では「アディル」が政治と経済の両面で追及されたのに対し、海域東南アジアにもたらされた「アディル」概念はもっぱら政治的な文脈で問題となった。海域東南アジアでは伝統的に「ザリム」(不正/暴虐)な支配者に敵対することは許されていなかったが、17世紀にイスラム教の浸透に伴い王権が相対化され、18世紀以降は社会秩序に対する関心が高まった。
 現代の「アディル」概念に関しては、マレーシアでは社会秩序の管理を託された公権力がアディルであることが求められ、競合する政治勢力は公権力を手にすることでアディルを実現しようとするのに対し、インドネシアではアディルの実現が必ずしも公権力の掌握を必要とせず、私的な領域での実現を含めて想定されているという違いが見られるのではないかなどの議論がなされた。
-平成21年度-
(1) 東南アジアのイスラーム圏の個別性の解明
 アディルはイスラームに付随して西アジアから導入された概念で,東南アジア世界でも「公正/正義」とは為政者が体現すべきものと認識された。だが,為政者がそれを体現不可能な状況におかれた植民地期のジャワでは,自らが「公正/正義」を実現しうるという考えも生まれた。
国民国家成立以降は,西欧的制度導入の際に利用されたことなども影響し,アディル概念とイスラーム性との分離が進展した。マレーシアでは,依然としてアディルは「上からの」社会秩序
維持作用と認識されており,それゆえ公権力の掌握をめぐる政治勢力間の競合は,すなわち「公正/正義」の体現者たる独占的地位の争奪戦でもある。他方,インドネシアでは,公権力がアディルでないにもかかわらず,それを覆すことができない場合には,私的領域においてアディルを実践するという選択肢もありうると認識されている。こうしたマレーシアとインドネシアにおける政治文化の差異は,植民地期に起源するものと思われる。
(2)「多様な研究者」による協働の可能性を探る
 多様な背景を有する研究者が協働し,相互に有益な成果を上げるためには,双方がそれぞれの知見を相手に利用可能な形に「翻訳」して提示する技術が必要なことを認識した。
公表実績: -平成20年度-
 日本マレーシア研究会研究大会シンポジウム(2008年12月6日、獨協大学)
-平成21年度-
・出版
 西尾寛治・山本博之編著2010『CIAS Discussion Paper No. 10:マレー世界における公正/正義概念の展開』京都大学地域研究統合情報センター。
・公開シンポジウム,学会分科会
① 日本マレーシア研究会(JAMS)第17回研究大会,第1セッション(2008年12月6日,獨協大学)
  テーマ「”アディルをとおしてみたマレーシア,インドネシアの社会」
司  会:山本博之(京都大学)
  趣旨説明:西尾寛治(防衛大学校)
  報告1:新井和広(慶應義塾大学)「中東社会における公正(アドル)概念」
  報告2:西尾寛治(防衛大学校)「近世のマレー世界における公正(アディル)概念」
  報告3:篠崎香織 (在マレーシア日本国大使館専門調査員)「マレーシアにおける「公正」を支える論理的根拠の変遷」
  報告4:見市 建(岩手県立大学)「インドネシアの福祉正義党(PKS)による「正義」の実践」
  コメント1:*弘末雅士(立教大学)
  コメント2:井口由布(立命館アジア太平洋大学)
② 東南アジア学会第81回研究大会,パネル1(2009年6月7日,京都大学稲盛財団記念館)
  テーマ「マレー世界におけるアディル(公正/正義)概念の展開」
  @内容については,上記「5.本年度の研究実施状況」の共同研究会(2)を参照。
研究成果公表計画
今後の展開等:
 植民地期から脱植民地期(または国民国家形成期)におけるマレーシア,インドネシアの事例研究,またフィリピンなど近隣諸国の研究に従事している多様な研究者と連携することで,アディル(公正/正義)に関する共同研究を今後も継続していきたい。それを通して,現代の国民国家における政治文化の差異とその起源に関する研究をさらに発展させ,その研究成果を論集として刊行する予定である。